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2年前の7月8日に奈良県の私鉄駅前で、参議院議員選挙の応援で演説中の元内閣総理大臣が射殺された。この事件の謎を追った『暗殺』(柴田哲孝・著 幻冬舎)が6月に刊行され、今もベストセラー入りしている。ノンフィクション作品と思って買った人も多いだろう。新聞広告や本の帯の惹句にもそう思わせる文言が並んでいるが、ページを開くと、巻頭に「この物語はフィクションである」との1行が入っている。
1956年生まれの著者は2006年に『下山事件 最後の証言』で日本推理作家協会賞と日本冒険小説協会大賞を受賞した。戦後間もない1949年に初代国鉄総裁が三越本店で失踪し、足立区五反野の常磐線上で轢死体で発見された事件の真相を追究した力作だ。しかし、2015年に刊行の続編『下山事件 暗殺者たちの夏』の後書きで、著者は「ノンフィクションは事実の積み重ねだ」とした上で「だからこそのディレンマが存在する。それがいくら真実に近付くための手段であったとしても、作者の推論や主観を差し挟み、虚構を交えてはならない。(中略)だが、小説ならば事実を超えることができる。厖大な数の証言や証拠の空白の部分を創作という手法で埋めることができる」と記している。事実、今までに発表した作品の大半は小説だ。
『暗殺』ではこの手法によって作者の推理を盛り込んで、大胆な見解を展開している。そのためか、登場人物のほとんどが仮名だ。
真犯人も、逮捕された宗教2世の容疑者ではなく、韓国から日本に呼び寄せられた影の男シャドウだとする。彼は発射音が静かなエアライフルを使用し、弾丸は人体内で液体化する特殊なものだ。元総理の演説予定地に近いビルの5階の部屋を確保する。
たまたま現場に居合わせた週刊誌記者、一ノ瀬は元総理の致命傷となった銃創は右頸部から入り胸の心臓近くで止まっていることに疑問を抱いた。低い位置にいた容疑者の弾丸とは考えられない。その銃弾も体内で消えているのだ。
さらに彼は、この事件と1987年5月に朝日新聞阪神支局に散弾銃を持った男が押し入り、記者2人を殺傷した赤報隊事件の関連にも迫る。この時も例の宗教団体の関与がささやかれたのだ。
話は意外な展開を見せるが、フィクションだと断っているので、その分、リアリティーがそがれる。売れているのだから、ノンフィクションのように見せかけた版元の目論見は成功したのかもしれないが。
山田洋
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