私にはモースや、タウトが何故驚いたか、よく理解する子ができる。

江戸時代というと、身分差別が厳しい時代だったと、みなされている。しかし、他国と較べて、階級間の流動性が高かった。

庶民が武士に取り立てられることや、養子縁組をすることによって武士になることは珍しくなかった。庶民が武家の次男や、三男を養子に迎えることがあった。

二宮尊徳も、武士に取り立てられている。私は今日の千葉県の出身で、農民だった伊能忠敬（一七四五～一八一八年）の玄孫に当たるが、忠敬も尊徳と同じように農民の身分から、士分に取り立てられた。

忠敬は漁師の子供として生まれたが、酒造家の伊能家に婿入りした。その時に伊能家には、五千冊にのぼる蔵書があったといわれる。忠敬は伊能家で独学によって数学と暦学を学んだ。

天明三年と六年の大飢饉に当たって、窮民に対して大規模な炊き出しを行った功績によって、名字帯刀を許された。そうすることによって、武士に準じる資格を与えられた。

士分に取り立てられることも、珍しくなかった。隣国の朝鮮では平民である常民が金を使って、支配階級だった両藩の家係簿である族譜に、自分の名を加えさせて、両藩になりすますことがあったが、日本のように庶民が両藩に取り立てられたり、養子縁組されたるすることはありえなかった。

日本では南北朝時代から、身分を超えて酒を酌む、無礼講が行われた。無礼講は身分の上下の別なく、日常の身分差を忘れて行う宴のことで、慇懃購とも呼ばれた。五十年にわたった南北朝の抗争を描いた『太平記』に、「無礼講」という言葉がでてくる。このような言葉は、中国語にも、朝鮮語にも、ヨーロッパ諸国語にも存在しない。

日本では「酒に十の徳あり」と、いい伝えられている。酒の十の徳といえば、百薬の長であり、延命長寿をもたらし、旅の伴侶となり、寒気に衣の代わりになり、憂いを払い、労を助け、独居の友であり、推参の助けになり、位がなくても、貴人と交われ、万人和合するというものである。推参は突然に人に訪ねることをいうが、最後の二つは日本的である。

中国でも、朝鮮でも、ヨーロッパでも、階級間の差別が厳しかった。そのために、身分を超えて酒席に連なったり、交わることはありえなかった。

明治初年の日本に滞在した、日本研究者として著名なイギリスのベイジル・チェンバレン（一八五〇～一九三五年）は、「この国のあらゆる社会階級は、社会的に比較的平等である。金持ちは高ぶらず、貧乏人は卑下しない。本物の平等精神と、みな同じ人間だと心底から信じる心が、隅々まで浸透している。」と、記している。

武士も庶民が催す句会や、連歌の会や、茶会に参加する時には長差脇をささなかった。このような場においては、身分差別がなかった。武士は遊郭でも、帳場に両刀を預けてから、あがらなければならなかった。

大名、旗本から下級武士まで、知行米を担保にするなど、町人から借金をして、遺り繰りしなければならなかったし、武士もしばしば質屋を利用した。武家から献上品や、贈答品を引き取る、献残野という商売もあった。

このように武士は、気位が高かったもの、日常、町人の世話になったので、威張っていられなかった。町人に対しても、様の尊称をつけて呼んだし、丁重に挨拶した。

明治に入ってから身分制度が廃されて、「四民平等」が導入された。日本にはこのような土壌が、江戸時代だけでなく、太古の時代から存在していた。宮中の歌会始をとれば、明治七年から誰であっても入選すれば、宮中で天皇と同席することができた。

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