トップページ ≫ 社会 ≫ あなたは無縁?急増する無縁者→無縁死の実態
社会
特に埼玉県、さいたま市の政治、経済などはじめ社会全般の出来事を迅速かつ分かりやすく提供。
この数年、孤独死という言葉をメディアが伝え続けてきたが、急速に増え続ける無縁者達は後を絶たない。
さらに、無縁者から無縁死する人の数はおよそ35,000近くに達し、自殺者とほぼ同数に至ってしまっている。しかし、実際はこの数を上回っていると見たほうが正しいと思われる。なぜなら、埼玉の市町村役場に問いただしても、みな実態はつかめないという答えだからだ。
この実態をつかめないが故に、なおさら深刻化する無縁死を行政は「行旅死亡人」と呼んで、毎日官報に掲載されるが、それは、その死体が見つかったから載せられたのであって、多くはその死体すら見つからないのが実態だ。地域との縁、家族との縁、会社との縁を断ち切ってしまった人達の孤独な生活と、孤独な死。もちろん、死そのものは誰しもが孤独なのだが、正式には孤立死と表現したほうが的確なのかもしれない。
その孤立死に至る無縁の中で最も多いのは、妻の病死(女の場合は夫)、核家族化の中で家族との離縁、離婚等だが、その背景には深刻な就職難、雇用難にもある。職を失い、収入を失った人達は、精神的にも激しく落ち込んでしまい、身動きの出来ない生き方を余儀なくされ、その結果としては誰にも気付かれない孤立、無縁死に至ってしまうのだ。実際、年々このような死に方をした人達の葬儀はもちろん無く、通夜、告別式なしの直葬となる。ある調査によると、このような直葬はこの10年、2倍近くに増えているという。先日、県はNPO法人の表彰で山村文化の振興に力を入れている法人をランク付けしたが、山村から出てきて都会で働き気付いたときには帰るべき山村も崩壊してしまっていたというのが昨今の例であり、たとえ身寄りがなくなっても、ふるさとがあり、そこで何らかの働き口があり、安らぎがあるというのが本来の姿である筈だ。
しかし、今、若者たちの間でも、ツイッター等で「私は無縁死を選ぶわ」というつぶやき交換がなされている現状を見るとき、この現代社会の深いヤミをみるような思いでいっぱいになる。人は皆、この世に生まれでた時には「おめでとう!」と祝福され愛されていたのに、末は孤独な無縁者→無縁死に至るようでは、人生そのものを暗いものと思わざるをえない社会に堕ちていくことを考えるとき、やはり、政治は子ども手当等よりも、音も無く忍び寄ってくる無縁社会に大ナタをもって、その解決策をはかることこそ義務ではなかろうか。
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