トップページ ≫ 社会 ≫ 『巨人の星』にはカラー絵がなかった!
社会
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1960年代後半から70年代にかけて週刊少年マガジンに連載された超人気漫画『巨人の星』
(原作・梶原一騎 作画・川崎のぼる)は、アニメ化されてテレビでも大ヒットした。主人公の星飛雄
馬が父・一徹のスパルタ教育を受け、高校野球の活躍を経てプロ野球の巨人軍に入団し、スター
の道を歩むスポ根漫画だ。
この作品のインド版アニメが昨年末より同国でテレビ放映開始された。日印共同制作で、野球では
なく、インドの国民的スポーツで野球とも似ているクリケットに話を置き換えている。登場人物の容姿も
ガラリと変わるが、高校、プロを通じてバッテリーを組む伴宙太や宿命のライバルである花形満、左門
豊作との、友情あり死闘ありのドラマはたっぷり盛り込まれているという。
もとの漫画のほうは最初、新書判で単行本化(全19巻)されてベストセラーになり、その後、何回か判
型を変えて刊行されている。今から22、3年前、やや大きめのB6判での再刊行時には、私も直接かか
わった。本の中身のほうは印刷所にある版を拡大流用するだけだから簡単だったが、表紙をくるむカ
バーの装丁では問題が発生した。『巨人の星』にはカラー絵が1枚もなかったのだ。
新書判のカバーは4色印刷されていたものの、絵自体はモノクロで、カラーでデザイン処理しただけ
だった。この際、カラー絵が欲しいということで、作画者の川崎のぼる氏に頼み込んだら、意外なくらい
簡単にOKが出た。
月に2巻ずつの刊行で、最初の1・2巻用のカバー絵が仕上がった時は、ワクワク気分で三鷹の川崎
邸に伺った。いただいた絵は確かに星飛雄馬のカラー絵だった。でも、ちょっと抱いていたイメージと
は違っていた。時間の経過とともに漫画家の絵のタッチが変わるのは珍しくない。ただ、『巨人の星』は
1シーン1シーンがあまりにも劇的で目に焼き付いている。それに比べて新しい絵は飛雄馬の表情が
すっきりしている。感極まってはいないのだ。とはいえ、せっかく描いてくれた川崎氏に無理なことは言
えない。全巻とも新しい絵がカバーを飾った。
後で週刊少年マガジン連載当時のことを知る編集者から聞いたことだが、起伏に富み、時には強引
なまでのストーリーを展開する梶原一騎氏の原作を絵にするのは死に物狂いの作業だったという。絵
が途中で進まなくなると、じっと考え込み、その間、食事もとらなかったという。一種の飢餓状態から、
飛雄馬の瞳の中で炎がメラメラ燃え上がったり、滝のような涙が流れ落ちる名シーンが生み出された
のだ。主人公の難行苦行の数々には作者自身の苦闘もかなり投影されていたに違いない。
絵の上がりを待つ編集者もたいへんだったようだ。漫画家が空腹に耐えているのに自分だけ食べに
行くわけにもいかなかったからだ。そのような極限状況を共有することなしに、あの劇的なタッチの絵を
望むのは無理な注文だったようだ。
(山田 洋)
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