社会
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毎日新聞の書評欄の特集「2012年 この3冊」で、京都大学名誉教授(経済学)伊東光晴氏のイチオシは10月に日本語訳が刊行された『ノーベル経済学賞の40年 上・下』(トーマス・カリアー著小坂恵理訳 筑摩選書)だった。日本人が受賞していないせいか、この賞に関心のある人は周りでは皆無に近い。1969年に追加された賞だが、その少し前に大学の経済学科に在籍した私も、受賞者名をほとんど知らなかった。少し興味を持ったのは、金融商品の開発で受賞した2人がヘッジファンドに関わり、株価暴落でファンドは巨額の損失を出して破綻、彼らの評価も地に落ちた時ぐらいだ。最近になって、ノーベル経済学賞受賞者の米国人学者がアベノミクスを持ち上げたり、受賞候補者とか言われる日本人学者が安部内閣のブレーンになったりで、この賞も注目され始めたからタイミングよい出版となった。
米国イースタン・ワシントン大学教授の経済学者である著者は歴代受賞者を13のグループにジャンル分けした。たとえば、自由市場主義者、ケインジアン、ゲームオタク、ツールの発明者等々。栄光と権威を獲得した学者たちに遠慮のない批判と賞賛(こちらは少ないが)を浴びせる。数式を使った難しい説明は避け、それぞれの理論を大づかみにして紹介する。人間的エピソードも丹念に収録していて、そのシニカルな記述で楽しく読ませてくれる。受賞者には変人も多く、その言動の描写はユーモラスでさえある。
2009年までの受賞者64人について際立った傾向は、数学に深く関わった人がほとんどだということだ。そのため、何でも数式化することにこだわり、今日の経済理論の多くが現実の経済というより架空世界に関わるようになってしまったという。たとえば自由な市場を信奉する学者は、「人間は完全に合理的で完全な情報に基づいて行動し、結果として市場は効率的に機能する」と考え、それを前提に数式を考案するが、これでは現実と遊離している。自由市場の信奉者(リバタリアン)は18世紀に登場したアダム・スミスの『国富論』から強い影響を受け、政府の介入に否定的な意見を持つ。このグループが集まっているシカゴ大学はノーベル経済学賞受賞者の数で突出している。アダム・スミスの理論を再発見しただけの人が数年おきに受賞していると著者は皮肉る。
一方、英国ケンブリッジ大学のJ・M・ケインズは完全なる市場という想定はせず、1930年代の大恐慌に直面して、国家の役割を重視した新しいアプローチを提起した。その後継者たちも少なからずノーベル賞受賞者となった。彼らも経済学に方程式を導入し、数学のスキルを駆使することに熱中した。
自由市場信奉グループとケインズ一派はその後の経済学界の二大流派を形成している。
著者はすべての受賞者に批判的なわけではない。最も独創的かつ有益なアイデアの発案者として、レオンチェフ、クズネッツ、カントロヴィチの名をあげている。また、偉大な功績を残したのに受賞しなかった例として、ロビンソン夫人とガルブレイスをあげる。ガルブレイスは日本でもよく知られた著書『ゆたかな社会』 『大暴落1929』があり、貧困や所得分配、失業などの諸問題に取り組んだ。ロビンソン夫人は独占的競争理論や経済成長理論で画期的な功績を残した。私も学生時代に伊東光晴氏の著書で彼女の理論に触れ、うなった記憶がある。2人とも有名すぎて、その人気が保守的な経済学者たちの反発を招いたのではないかと言われている。このことはかえって賞の信用性を下落させた。
反対に、この程度の理論をひねりだしただけでノーベル賞というような例も数多くある。この本を読んで、ノーベル賞経済学者というだけで信用してしまうような権威主義には陥るまい、と思った次第である。
(山田 洋)
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