トップページ ≫ 社会 ≫ 埼玉県ほどの地域をもぎとったロシア石油めぐり米欧と冷戦再燃
社会
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北京オリンピックのニュースでテレビや新聞が埋め尽くされていた裏で、大変な戦争が行われていた。オリンピックが終わってみたら、ロシアが2つの国を独立させて支配下におき、もう一つの国を占領状態においていたのである。ロシアのグルジア侵攻である。
アメリカのブッシュ大統領やロシアのプーチン首相が北京の開会式に出席していた8月8日、ロシア軍はグルジアの南オセチア自治州を制圧、グルジアに進軍し首都トリビシの15キロまで迫った。フランスのサルコジ大統領が仲介に乗り出し、侵攻以前までロシア軍を撤退させることなどを盛り込んだ休戦協定をまとめたが、問題は解決せず拡大するばかりだ。
8月26日、日本記者クラブで記者会見したミハイル・ガルージン駐日ロシア臨時代理大使は「南オセチアにグルジア軍が侵攻し、ロシアのパスポートをもつオセアチア人が殺害されたためグルジア軍を撃退し、二度とオセアチアに侵攻できないようグルジア軍の基地を攻撃した」という。これに対し、グルジアのサーカシビリ大統領は英紙のインタビューで「ロシア側が最初に侵攻してきたので反撃した」と、ロシアが仕掛けてきたとする。25日に記者会見したワネ・マチャワリニ駐日グルジア大使は、「ロシア軍は2万人の兵隊と500台の戦車で進軍、空軍はグルジア全土を爆撃し、鉄道の橋やパイプラインなどを破壊し、ポチ港などグルジア国内にとどまっている。アグガン侵攻と同じくらいの爆薬を使った」と、ロシアの攻撃のすさまじさを説明した。グルジアの兵力は、陸軍1万7800人、海軍500人、空軍1300人。ロシアはそれ以上の兵力で侵攻してきたのだから、グルジアがロシアに押しつぶされそうになったのは当然である。
グルジアは、旧ソビエト連邦の一員であった。ソ連の指導者スターリンもシュワルナゼ外相もグルジア出身。ソ連崩壊後に共和国として独立、南オセチア自治州とアブハチア自治共和国もグルジアの一部として国連に認められた。だが、このときから南オセチアとアブハチアは独立を主張していた。民族的にグルジアと違うからである。グルジア全土は北海道より少し小さい。この中に埼玉県ほどの南オセチアと広島県ほどのアブハチアがある。この地域は、黒海とカスピ海を結ぶ回廊にあり外海と隔絶されたカスピ海の出口で、古代から地政学上の重要な地点。グルジア独立当初は親ソ政権だったが、2003年のバラ革命でサーカシビリ政権ができ、欧米に急速に接近、かつてのソ連に軍事的に対抗していたNATO(北大西洋条約機構)や、EUに加盟する直前まで来ていた。
カスピ海周辺には700億バレルもの石油が埋蔵され、第2の中東ともいわれる。ソビエト連邦崩壊で、カスピ海周辺の諸国が独立、ロシアの手を離れ、民主化と政治改革で西欧に接近、石油や天然ガスを欧米と開発するようになった。これまで、カスピ海周辺の石油はロシア領内を通るパイプラインで黒海のノボロシク港でまで運ばれ、タンカーで黒海からイスタンブールの狭いボスポラス海峡を通り、エーゲ海から地中海に出ていた。欧米や日本にとって、紛争がたえないチェチェンなどのロシア領を通過したのでは、「いつ石油が止められてしまうかわからない」ことから、アゼルバイジャンのバクーからグルジアを通って、地中海に面したトルコのジェイハン港まで結ぶパイプラインを、日米欧トルコなどで完成させてしまった。これを使えばロシアに気兼ねなく石油を運べ、タンカーが錯綜するボスポラス海峡も通過せずにすむことになった。このため、グルジアやアゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、タジキスタン、キルギスなど中央アジアの国が、経済的にロシアから離れ、欧米接近を強めている。
この状況を、快く思っていなかったのがロシア。新しいパイプラインの死活を握るグルジアに制裁を加え、NATOやEUに入ろうとしていた欧米よりの政権を倒してロシアよりの政権をつくろうとしたのが、こんどの侵攻の背景といえよう。EUや米国の反対で、グルジアの現政権を倒すところまでいっていないが、埼玉県ほどの南オセアチアとアブハジアを独立国としてロシアが承認、グルジアから武力でもぎ取ることに成功した。欧米諸国はこれらの独立を認めていないが、メドベージェフ大統領は「われわれは冷戦を恐れるものはない」と強気の姿勢だ。欧米とロシアの関係は、当然、厳しくなろう。
アメリカは今、次期大統領選の最中。ブッシュ現政権も死に体の状況で、ロシアは北京オリンピックと米大統領選の隙間を狙って仕掛けたのだ。アメリカはやっと黒海にイージス艦を派遣しロシアを牽制している。ロシアの侵攻で米世論はグルジア支援に傾き、共和党のマケイン陣営を力づけ、マケイン優位に傾く可能性が強い。
日本の福田内閣は、グルジア侵攻には相変わらずノー天気だった。ロシアが再び領土拡大や勢力拡大に出てくるなら、北方領土返還など無くなってしまう。あるいは西側で強行策に出たので東側では逆に出ると見るなら、北方領土問題が少しはすすむかもしれない。北海道と領土を接するロシアの動きは、我が国にとっても直接響く問題である。
志村嘉一郎(ジャーナリスト・帝京大学教授)
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