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みんなの党では渡辺代表と江田前幹事長の間で野党の結集方法について、政党ブロック構想と新党結成の路線対立に発展し分裂含みだ。政党ブロック構想が具体的にどういうものか調べようとみんなの党のウェブサイトを探したのだが見つからなかった。かわりに、両院議員総会での渡辺代表の挨拶で、江口克之参議院議員が超人大陸というインターネットTVで話している内容がそれを表している、ということでそちらを見たところ、主なポイントは以下のようなものだった。
・ 日本文化に2大政党制は合わない
・ 日本はキリスト教的な正悪二元論ではなく、神道の八百万の神がもとになるので、AかBかでない選択肢も用意した方がいい
・ (まとめると)中庸を重んじる日本は多党制になったほうがいい
西洋から来た制度や仕組みと合わなくなると必ず出てくる日本特殊論の一種にも思えるが、ここには現実の制度をもとにした視点や政党論が欠けているのではないだろうか。
政党ブロック構想の発端だと思われるイタリアのオリーブの木をふりかえってみると、ちょうどイタリアの選挙制度が比例代表から小選挙比例代表並立制になったときにできた政党連合のことである。中道左派がイタリア共産党とともに組み、小選挙区ごとに統一候補を作り比例代表は独自で戦った。首相候補も統一し1995年の総選挙では政権を取ることができた。しかしその後は相次ぐ内紛、人材不足による指導力の低下などにより勢力は衰えていった。
首相候補を統一したということは大きな点で、政党の本質は政権を担うために存在するということが確認できる。小選挙区、中選挙区に限らず政党とは政権をとるためのもので、政権をとって実現したい理念を持つ集団が複数集合するものだ。だから、当然ながら党内には常に利害調整機能を持つ。大政党は党内での利害調整に手間をとられる代わりに、その結論を政策として実現することが容易である。一方、小政党は純化されるので意見調整の手間は少ないものの、オリジナルの政策実現には政権をとっても連立というフィルターで中和されてしまう。だから多党制か二大政党制かということは大きな問題ではない。
いまの日本は政党交付金のための政党要件のほうが問題なのではないだろうか。選挙の洗礼を浴びる前に国会議員5人以上で離党すれば政党という形ができてしまうことで、党本部、地方組織、人材育成を含めた政党のマネジメントが行われる前に理念なき離合集散が繰り返されている。
前述の江口議員のコメントの中で印象的だったのは「ベストな選択はなく、ベターな選択をすべき」という言葉で、まさに同感である。いま必要なことは有権者に対して「自民党+公明党」の枠組み以外の選択肢を提供することで、前回参議院選の共産党の躍進の理由はここにつきる。第三極については、公党ではなく私党化を強めている感があり、公認選定をはじめ説明責任がはたせていないのではないか。自民党も元を正せば自由党と日本民主党の保守政党が合同して誕生している。そのときの立役者は三木武吉と大野伴睦であり、この2人の老政治家が保守政治の将来に命をかけたことによって成り立ったわけである。いま日本の政治指導者に必要なのは、この保守合同をやってのけた2人のような私心を捨て大義を貫く姿勢でないだろうか。
(林 智守)
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