社会
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かつて、政治、経済、社会の仕組みについて、左翼と右翼、あるいは革新と保守と言われる両派の間で激しい論争が繰り広げられた。しかし、1989年のベルリンの壁崩壊、91年のソ連解体以後、左翼陣営は拠り所を失い、両派の論争も少なくなってしまった。そんな状況下、保守色の強い安部晋三が再度総理の座につき、日本は大きく右旋回しつつある。
先日、国会を通過した特定秘密保護法をはじめ、国家安全保障会議(日本版NSC)の設置、そして憲法改正へと突き進みそうな気配で、内閣発足当時の経済対策中心の姿勢から変わってきている。ここまで来ると、いわゆる保守派の人々の中からも反論が出始めた。
憲法改正論者として知られる小林節・慶応大教授は、国会の改憲発議のハードルを下げるために自民党が発案した第96条先行改正案に真っ向から反対し、それが世論を大きく動かした。
また、保守系有力月刊誌『SAPIO』(小学館発行)12月号の巻頭論文は「特定秘密保護法は悪法」と訴えている。同誌の三井直也編集長は、現政権の政策や法案の是非は個別に判断すべきだとして、「保守だが、保護法案に反対」「リベラルだが、NSC創設に賛成」といった意見があるのは当然だと主張している。
そして、メディアに頻繁に登場する保守派論壇人を俎上に載せて痛烈に批判する近刊『保守論壇亡国論』(山崎行太郎・著 K&Kプレス刊)の著者もバリバリの保守派だ。彼は1947年生まれの哲学者で、江藤淳や柄谷行人に認められて文芸評論を長く手掛けてきた。
小林秀雄、福田恆存、江藤淳らを高く評価する一方、彼らが一線を退いた後に登場した保守派言論人たちの発信内容の質的劣化を嘆く。現在の保守論壇が盛況に見えても、それは中身のない盛況だと論じる。
たとえば、小泉構造改革、南京大虐殺、従軍慰安婦、憲法改正など広範なテーマを得々として語る櫻井よしこについては、独自性がゼロに等しく、なかには内容に疑わしい点があると指摘する。彼女の出世作ともいえる薬害エイズ問題告発書(現在は絶版)では、重大な事実誤認をもとに帝京大副学長の医師を厳しく追及していたという。また、従軍慰安婦問題では、架空対談を捏造したことが明らかにされている。本書では他にも彼女の取材手法に問題があった例をあげている。独特の語り口で持論を展開する櫻井のファンは私の周りにも多いが、こうした事情までは知らないようだ。
政治学者の中西輝政・京都大教授については、時流に流されて自説を変えていくスタイルを問題視している。小泉構造改革に対しても当初は絶賛しておきながら、情勢の変化とともに評価を変えていき、最後は小泉批判に回った。その中西が小泉の後継者たる安部晋三を絶賛し、第1次安部政権に深くかかわった。再び政権を獲得した安部のブレーンにも保守論客がいるようだが、中西と同様そのレベルの低さを著者は危惧する。
英語学が専門だったのに今や政治や社会問題、さらには昭和史にまで手を広げた渡部昇一については、もう読む気にもなれないと呆れ返る。特にひどいのは戦時中の沖縄集団自決問題に関する記述だという。これは大江健三郎が『沖縄ノート』(岩波新書)で集団自決に軍の命令があったとしたのに対し、曽野綾子が命令はなかったと反論したことがもとになっている。そもそもこの論争は、曽野が大江の文章を誤読したのが発端だ。集団自決を命じたとされる赤松大尉を「あまりにも巨きい罪の巨魁」と表現したと、大江に噛み付いた曽野だが、大江はそう書いていない。「巨魁」なら悪い人間だが、実は「罪の巨塊」と書き、特定の人間をさしたものではない。これは法廷で大江が指摘したが、曽野サイドはまともに反論ができなかったようだ。この誤読を鵜呑みにして渡部は大江批判をしている。
ほかにも西部邁、西尾幹二らを取り上げているが、著者の批判は具体的でわかりやすい。多少強引なところもあるが、あくまで「批判(批評)であって誹謗中傷ではない。したがって、私は、いかなる反論にも答えるつもりである」と言い切り、自分の連絡先を公開している。
このように論壇では保守内部でも論争が活発化し始めたが、政権党内部ではその兆しが見えない。これこそが日本の問題点だろう。(文中敬称略)
(山田 洋)
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