トップページ ≫ 社会 ≫ アベノミクスの問題点を指摘していた本
社会
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半年前に出版された『アベノミクス批判―四本の矢を折る』(伊東光晴・著 岩波書店 1836円)は、安倍晋三首相が推し進める政策を経済学会の重鎮が正面切って反論して話題になった。その後の日本経済の推移を見ると、著者の主張に納得する部分は多い。
アベノミクスと呼ばれる経済政策は3本の矢から成る。第1の矢は大幅な金融緩和だ。銀行が持つ大量の国債を日本銀行が買い込み、通貨供給量を増加させる。しかし、そのダブついたお金を借りようとする企業は少ない。
金融緩和で株価が上がったと見る人が多いが、日銀が大幅緩和を打ち出したのは2013年4月4日で、株価はその前年の11月半ばから上げ始めたのだ。この上昇を主導したのは海外の投資家で、彼らは10月から買い越しに転じていた。その頃、すでに欧米の株価はリーマン・ショック前の水準に戻っていたが、日本株だけは戻りが鈍かった。国際分散投資を重視する彼らは、欧米株を買う余地はなくなり、いずれ日本株に向かわざるをえなかったと著者は分析する。外人買いは以後、急増するが、日本の投資家は個人も法人も年明け後も売り越していたのが実情である。
第2の矢は国土強靭化政策と呼ばれ、近く日本を襲うと思われる大地震に耐えられるような対策を打つために10年間で200兆円が投じられるというものだ。これで「コンクリートから人へ」という公共投資抑制策が逆戻りすることになる。年平均で20兆円の対策費になるが、これは無理な数字だという。2014年度の公共事業費は6兆円弱で、地方の事業費を加えても8兆円なのだ。20兆円という数字は空念仏に過ぎない。
第3の矢の経済成長戦略は具体性に乏しく、いつ実現できるか不明なプランが並んでいるだけだという。その中で唯一、内容が明確なのが「雇用制度改革・人材力の強化」だが、これは従業員を解雇しやすくし、労働時間が長くなっても残業代を払わなくてもよいようにするものだと著者は指弾する。
そして、このような成長戦略の前提として重視しなければならないのが労働人口の減少という問題だとする。人口減少は即、小売り販売額の減少となる。家電製品や乗用車などもすでに普及し尽くしていて、取り換え需要中心になっており、人口減に従って市場は縮小する。
人口減少下でも経済成長率を引き上げるには公共投資と輸出に頼るしかないが、前者は国債発行の増大を招き、いっそうの財政赤字を生む。後者については、輸出増加が非常に大きく、民間の設備投資を誘発するなら成長を牽引するだろうが、現状ではその可能性は小さいという。
また、輸出に重点を移した企業は賃金の抑制に傾きやすい。国際競争がもたらす必然の結果である。そのため、輸出主導の景気上昇は好況感が全体に波及しない傾向があるというが、今の日本経済がまさにそうだ。
そして、人の一生のうち青年期が一度であるように、高度成長が再び起こることはないのかもしれないと著者は悲観的になる。IT革命のような新技術が登場し、社会を変えることはあるかもしれないが、重化学工業がリードした勃興期のような波及効果はないだろうと見る。iPS細胞に連なる医学・薬学界の技術革新も同様だ。
だから、21世紀の経済は量ではなく質だとする。1990年代以降、経済格差は拡大、加えて財政赤字は先進国中で最悪の状態だ。今、必要なのは成長願望ではなく、成熟社会に見合った政策であり、人口減少社会に軟着陸することだという。
著者・伊東氏のこのような見解に、私は感慨深いものがある。1964年に刊行された『大量消費時代』(河出書房)は当時、東京外国語大学の助教授だった伊東氏が一般向けに書いたのだが、記憶に残る本だった。米国で始まった流通革命は日本に押し寄せ、スーパーマーケットを主体にした大量消費の時代が到来すると予言していた。質素・倹約を美徳と教えられてきた私は米国の消費者行動にカルチャーショックを受けた。スーパーマーケットといっても、ダイエーが少し知られるようになった頃だった。あれから半世紀、高度成長を経て何度もの起伏があり、今や伊東氏も成熟社会への対応を説く時代になった。
最後に隠された第4の矢として、安倍政権の真の狙いである戦後政治の改変を俎上に載せる。首相が重点を置いているのは経済政策ではなく、こちらのほうと見て、目的のためには手段を選ばない、権力主義的な政治行動を危惧する。学生時代に戦争を経験した著者だけに、この項ではオクターブが上がる。3年前に心筋梗塞で倒れ、この本の原稿も一部は口述筆記に頼ったという87歳の経済学者の熱い発信には圧倒されるばかりだ。
(山田 洋)
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