社会
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近年、外で酒を飲む回数が減った。懐の事情もあるが、飲み仲間が病気になったり、亡くなったりしていることが一番の理由だ。古希を迎え、人の死ということを身近に感じさせられるようになった。
Death is so near, and time for friendly actions is so limited.(死はすぐやって来る 友情を暖める時間はあまりにも限られている)
これはボクシングの元世界ヘビー級王者、モハメッド・アリが、1975年夏にマレーシアのクアラルンプールでタイトル防衛戦を行った前日に、取材で会った私に書いてくれたものだ。アリは自分の思いを格言や詩の形にして語ることでも知られていたが、この言葉もアリ語録の一つだろう。
当時、アリは33歳で、ボクサーとはいえ、死を近くに感じているとは思えなかったが、名前のサインはアラビア文字も併記し、最後に「peace」と書き添えたサービス精神はうれしかった。取材で一緒になったスポーツライターの佐瀬稔氏(故人)は面白がって、アリについて書いた記事ではよく引用していた。
先日、久し振りにこのサインを見て、40年前とは違う感懐を抱いた。アリはボクシングの後遺症と思われるパーキンソン病を40代に患った。不自由な体でも、1996年のアトランタ五輪開会式では聖火台に点火する大役をこなし、2012年の五輪開会式の行事にも参加した。一方で、自らの活動で得た資金をパーキンソン病研究のために寄付している。
彼は1月に73歳になった。3度の激闘をした宿命のライバル、ジョー・フレイジャーは3年ほど前に病死した。インクの文字が薄れかかったあのメッセージは、今こそ私の胸を打つ。
そしてまた、友の死を悼む名文に巡り合った。永井荷風が昭和11(1936)年に書いた『濹(ぼく)東(とう)綺(き)譚(だん)』だ。この小説は東京の向島・玉の井の銘酒屋街(私娼窟)を舞台に、小説家の主人公と、ここで働く雪子という「鶏群の一鶴」のような女性との、出会いから寂しい別れまでを綴ったもので、荷風は「作後贅言(ぜいげん)」として後書きを添えている。その最後の部分を紹介したい。
花の散るが如く、葉の落つるが如く、わたくしには親しかった彼の人々は一人一人相ついで逝ってしまった。わたくしもまた彼の人々と同じように、その後を追うべき時の既に甚しくおそくない事を知っている。晴れわたった今日の天気に、わたくしは彼の人々の墓を掃(はら)いに行こう。落葉はわたくしの庭と同じように、彼の人々の墓をも埋(うず)めつくしているのであろう。
(山田 洋)
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