トップページ ≫ 社会 ≫ 3者3様、高齢猛女作家たちの存在感
社会
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作家の曽野綾子氏が2月11日の産経新聞に書いたコラムが問題になっている。若い世代の人口比率が減少する日本では、高齢者の介護のために労働移民の受け入れが必要とした上で、「20~30年前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、居住区だけは白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいいと思うようになった」と書いたのだ。
曽野氏独得の常識に対する逆説的な表現かもしれないが、早速、南アフリカ共和国の駐日大使が「アパルトヘイト(人種隔離)政策を容認し、美化した」と抗議し、人権団体やアフリカ関連団体からもコラムの撤回を求める声が相次ぎ、海外メディアも批判的に報道した。曽野氏は「アパルトヘイト政策を日本で行うよう提唱などしていません」と弁明しているが、いつもの歯切れよさはない。
偶然だろうが、この問題が表面化するのと同時期に毎日新聞では3日間に渡って曽野氏の三浦半島の別荘暮らしを紹介していた。担当記者は「彼女の江戸弁、鉄砲玉のようなおしゃべりは元気が出るので会いに行こうと思った」という。そして記者相手にテンポのいい語りが始まる。
差別的表現をめぐる新聞、雑誌とのトラブルにも言及している。「産経以外の新聞に断られていますから。宗教団体や中国の悪口を言ったら駄目だったんです。で、第3のウェーブが差別語でしょ。私は人間の悪を書きたいから、悪い言葉も残しときたい」とのことだが、曽野氏の表現に寛容な産経新聞に思ったままを書いて、今回の問題が起きたわけだ。
83歳にして威勢のいい発言を続けることは評価したいものの、いつも感じるのは独善性だ。それがいいのだという人も多いようだが、社会や個々の人間についての理解に窮屈さを感じてしまう。
自伝『この世に恋して』(ワック刊)では「アフリカは偉大な教師」としている。でも、日本財団や海外邦人宣教者活動援助後援会の代表者として資金援助で行ったのだから、現地の一般庶民のことをどこまで知悉しているかは疑問だ。一生懸命に活動していることは確かだろうが、正しいことをやっているんだというトーンを感じてしまう。
曽野氏と同じく小説作りのかたわら、自分の意見を社会に発信し続けてきた女性作家に瀬戸内寂聴氏がいる。やはりよくしゃべる人だ。曽野氏より9歳上で、長い人生の中で仕込んできた話題がふんだんに盛り込まれる。時には下世話な内容まで飛び出すが、この人の語り口には独得の愛嬌があり、山あり谷ありの激動の人生の仕上げを楽しんでいるかのようだ。
作家としてデビューした直後の作品が、評論家から「ポルノ小説に過ぎない」とこきおろされ、「子宮作家」とまで呼ばれ、6年近く文壇から追放状態にあった。それが反発心に火をつけ、その後の活躍につながったという。しかし、いろいろ思うことがあって51歳で突然出家した。
「私は肉食もしますし、たまにはお酒も飲みます。人の悪口は、あまり言わないようにしていますが、人の悪口を言いながら御飯を食べると美味しいですよね」と『老いを照らす』(朝日新書)で打ち明けているが、1つだけ天地神明にかけて守っている戒律があるそうだ。「それは不邪淫戒です。出家して以来、ただの一度もその戒を破っていません」
老いや死について語ることが多くなったが、それもユーモラスな話に仕立ててしまう。僧侶であるから、釈迦や道元、親鸞の話を引き合いに出す。カトリック信者である曽野氏が聖書やキリストの話をよく使うのと対照的だが、キリストより釈迦の方がしっくりとする人の方が多いのではないか。
瀬戸内氏は最近、『死に支度』(講談社刊)を著したが、『ああ面白かったと言って死にたい』(海竜社刊)という箴言集を出したのは1歳下の佐藤愛子氏だ。彼女の人生も波乱万丈だった。2000年に全3巻が完結した大河小説『血脈』(文藝春秋刊)は佐藤家の人々をモデルにしているが、父や兄弟など極端な人ばかりが実名で登場する。
父・佐藤洽六(紅緑)は国民的人気作家だったが、妻との間に子供が5人いて、お妾さんにも子供を生ませていたのに、離婚して舞台女優と一緒になり、佐藤氏たちが誕生する。小説の素材がゴロゴロ転がっているような環境の中で育ったわけだ。4人の異母兄がいたが、有名な詩人になった長男(サトウハチロー)以外は自殺や原爆で死んでしまう。その長男は3度も結婚するが、子供たちの多くが野垂れ死にのようにして亡くなる。
こんなすさまじい人々の話をユーモアを交えて描ききった佐藤氏自身も何度も難局をくぐってきた。2度の結婚を経験しているが、最初の夫は麻薬中毒から抜け出せず、文学仲間だった次の夫は事業に手を出して巨額の負債を抱え、借金取りは彼女の所にも押し寄せた。この時の話は『淑女失格 私の履歴書』(集英社文庫)に書かれている。債権者の1人の金融業者は何と追加の借金を認めてくれたとか、気弱で人のよい債権者がいて、逆に佐藤氏がその人の行く末を案じたとか、借金地獄の中でもホロリとさせられるエピソードが入っている。この経験を下敷きにして書いた『戦いすんで日が暮れて』が直木賞を受賞するのだから人生は分からない。
瀬戸内氏や佐藤氏に比べて、曽野氏はずっと平穏で恵まれた人生を送ってきたように思える。作家としてはそれがプラスにならないのかもしれないが、みなぎる才気で数多くの読者を獲得してきた曽野氏のこと、今後の対応に注目したい。
(山田 洋)
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