社会
特に埼玉県、さいたま市の政治、経済などはじめ社会全般の出来事を迅速かつ分かりやすく提供。
奇しくも中国と北朝鮮の後継候補がほぼ同時に発表された。但し中国の習近平は明確に胡錦涛の後継者に指名されたわけではなく、今度の会議で共産党中央軍事委員会副主席に就いたことが胡錦涛の例から見て次期指導者に就任するシグナルと見られている。
中央軍事委員会のポストがなぜそれほど重要なのかを理解するには中国共産党の歴史を知る必要がある。中国共産党は1921年に結成されたが自前の軍隊をもったのはそれから6年後1927年。国共合作破れて国民党軍に追い詰められたため自ら武力をもつ必要に迫られたのである。その後1936年第二次国共合作なるまで国民党軍との死闘を繰り広げる。
1937年支那事変勃発に伴い日本軍との戦争が始まり1945年日本の降伏まで続く。日本との戦いが終わった直後から国共内戦が再び始まり1949年共産党の勝利によって終結する。毛沢東が「政権は銃口から生まれる」と言った意味がここからも分る。
そもそも中国近代史では共産党の「長征」途上の遵義会議で毛沢東が党中央軍事委員会主任に就き軍隊指揮権を掌握した時毛沢東が実質的に共産党のトップになったとしている。
つまり共産党のトップが軍隊指揮権をもつことが建軍以来の鉄則なのである。大日本帝国と違って軍人が共産党のトップになることはないので副主席中唯一の文民であるものが次期共産党のトップになる慣例ができつつある。
この点レーニン以来共産党なりにシビリアン・コントロールはある。旧ソ連赤軍でも今の中国人民解放軍にも各級毎に党から任命された政治委員がおり党の意思を貫徹して党中央の意思に反し軍が独走するのを防ぐのである。大統領が軍隊指揮権をもつアメリカはいわずもがな。
こうした工夫は実はわが日本にもあった。武士社会の軍目付(いくさめつけ)がそれである。総司令官の代理として出先司令官の戦ぶりを監視するのである。源平合戦の際義経に付けられた梶原景時もその一人である。
景時との対立が義経没落の一因となったほど軍目付の権限は強かったのである。
明治になり新たに軍隊を作るに当り軍隊指揮権を政府とは切り離した(統帥権の独立)山縣有朋らは古人の知恵に学ぶところがなかったのだろうか。
戦時中首相東條英機が参謀総長を兼任したことで東條独裁、東條幕府と非難されたが国のトップが政権と軍権を兼ねる必要があると考えたのは完全に正しい。東條は文民ではなく軍人だからこの場合シビリアン・コントロールではなくミリタリー・コントロールと呼ぶべきか。それでも国家意思の統一が保たれるだけましだったかもしれない。但しそのこのことに気づくのが遅すぎた。
北朝鮮に比べ世襲でない中国はまだましだと考える人も多いかもしれない。だが毛沢東の長男の毛岸英が朝鮮戦争で戦死しなければ彼国は北朝鮮同様毛帝国となった可能性がある。ボケた晩年女房江青へ地位移譲を考えたくらいだから強ち荒唐無稽とは言えまい。
毛沢東と周恩来は皇帝と宰相の関係にあったと見れば毛時代を理解しやすい。
ところで今の中国共産党のトップは総書記。だが毛存命中トップは党主席の毛沢東であり総書記の鄧小平は毛、劉少奇に次ぎ序列三位に過ぎなかった。今の総書記の胡錦涛は国家主席であって党主席ではない。あまりにも偉大な毛と同じ肩書きを名乗るのを憚ったのであろう。この点書記長スターリン亡き後、フルシチョフが書記長ではなくやや控え目な第一書記を名乗ったのと軌を一にしている。
中国語と日本語
主席は中国語であって本来日本語にはない。首席ならある。これを混同する人が多い。主席の英訳はチェアマン、首席のそれはチーフ又はトップと明確な区別がある。ただし国家主席の英訳はプレジデント。
蒋介石は総統と称した。ヒットラーも総統。蒋介石の総統は中国語そのままだが、ヒットラーの総統はドイツ語フューラー(総てを統べる人)の日本語訳。だがこれでは両者を混同する。中国語に「大統領」はない。これに相当するのが「総統」だから蒋介石大統領とすればよかった。当然中国語では「オバマ大統領」ではなく「オバマ総統」。議会も裁判所もある民主主義国で大統領は決して「総てを統べる人」ではない。辛亥革命以来一度も民主主義を実現できなかった彼国には「総統」がふさわしいかもしれない。
(ジャーナリスト 青木 亮)
バックナンバー
新着ニュース
- エルメスの跡地はグッチ(2024年11月20日)
- 第31回さいたま太鼓エキスパート2024(2024年11月03日)
- 秋刀魚苦いかしょっぱいか(2024年11月08日)
- 突然の閉店に驚きの声 スイートバジル(2024年11月19日)
- すぐに遂落した玉木さんの質(2024年11月14日)
特別企画PR