トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ 日本と中韓との懸隔は、キリスト教圏とイスラム教圏との懸隔に等しい
外交評論家 加瀬英明 論集
私はアメリカで講演したり、研究所の幹部と話す時には、アメリカ人ならすぐに納得する、身近な例を挙げる。
まず、南京大虐殺も、慰安婦として娘たちを拉致したというのも、事実無根であって、中国と、韓国が日本を貶めるために、捏造したものだと前置きしたうえで、次のように説明する。
日本文化と中国文化の違いは、同じように海を越えて向き合っている。ヨーロッパのキリスト教文化圏と、イスラム文化圏との違いよりも大きいというと、「そんなことは、はじめて聞いた」といって、驚くものだ。
西洋人はアジアについて、無知だ。日中韓の3カ国が、同じ儒教文化圏に属しているから、たいした違いがないと、思い込んでいる。
日中韓の確執をみると、今のキリスト教徒とイスラム教徒の間の、どうしようもない不毛な対立と、まったく同じものだと指摘することから、話を始める。
ヨーロッパのキリスト教圏と、中東のイスラム圏の歴史を遡ると、イスラム世界のほうが長い間にわたって、キリスト教世界より、遥かに先を進んでいた。
イスラム文明の黄金時代には、航海術をとっても、医学、数学、天文学、法学、文芸、哲学をとっても、すべてイスラム圏のほうが上にあった。
古代ギリシア文化の遺産も、イスラム世界によって保存されていた。
そのあいだ、ヨーロッパのキリスト教世界は、聖書に書かれた教えだけが、真実であって、それに反する学説は、すべて異端とされていた。そのために、ヨーロッパはあらゆる面において停滞して、知的な進歩が、いっさい停まっていた。
ローマ法王が絶大な権威をもって、キリスト教の原理的な教義を押しつけたために、学問の自由が、失われた。教義に背く者は迫害され、投獄されるか、殺された。ヨーロッパは「暗黒の時代」にあったといわれた。
地動説を唱えたガリレオ・ガリレイは、法王庁に知り合いがいたから、殺されずにすんだが、人体のなかを血が循環していると唱えたスペインの医者は、火炙りの刑に処せられた。
ところが、イスラム世界の進んだ学問が、イスラム教徒の支配下にあったイベリア半島や、イタリア半島のわきのシチリア島から、時とともに徐々にヨーロッパへ浸透していって、14世紀から16世紀にかけて、ルネサンス(文芸復興)がもたらされた。
ヨーロッパはルネサンスによって、学問の自由が甦った。
1517年に、ルネサンスにとって、中核的な出来事が起こった。
この年に、ドイツの宗教学者だったマルチン・ルターが、ドイツ中北部のウィテンベルグ大学内の聖堂の厚い扉に、ローマ法王に反抗する宣言文を打ちつけた。これが、キリスト教信教の出発点となった。
この年を回転ドアにして、ヨーロッパが暗黒の時代から、光明の時代へ移っていった。ヨーロッパはルネッサンスによって、大きな新しい力を得た。
歴史とは面白いものだ。この1517年に、オスマン・トルコ軍と、アラブ・イスラム連合のマムルーク軍が、今のシリアの首都のダマスカスから、北に100キロほど離れたアレッポで、関ヶ原の役のような会戦を戦って、アラブ連合軍が敗れた。
この戦いによって、トルコ帝国が北アフリカに至るまで、広大なイスラム圏に君臨して、支配するようになった。アレッポは紀元前20世紀ごろから、商業の要所として歴史に登場する古都である。今日、アレッポはシリア内戦の舞台となっている。
トルコが全イスラム世界を支配すると、イスラム文明の進歩が、一切、停まることによって、その栄華の時代が、終わった。イスラム圏が、光明の時代から、暗黒の時代に移った。
ヨーロッパは同じ年を軸として、暗黒の時代から、光明の時代に入っていった。
今日、中東を訪れると、イスラム教徒たちは、かつてヨーロッパのキリスト教世界が、自分たちよりもはるかに遅れていて、自分たちが未開なキリスト教圏に、科学から文芸まですべて教えてやった時代を、覚えている。そこで、ヨーロッパの人々に対して、抜きがたい優越感を持っている。
ところが、イスラムの人々はあわせて、癒しがたい劣等感によって、苛まれている。
オスマン・トルコ帝国が第一次世界大戦で、ドイツと同盟して敗れると、帝政が崩壊して、北アフリカからベルシア湾岸まで拡がっていた領土を、失った。
ヨーロッパの列強が、トルコの広大な領土を奪って、分割した。トルコによる支配と比べれば、ごく短い期間でしかなかったが、イギリスがイラク、フランスがシリア、イタリアがリビア、スペインがモロッコというように、中東を山分けして、統治した。
中東のイスラム圏の人々は、気がついてみると、長いあいだにわたって遅れていたとみなしてきた、キリスト教世界によって、取り返しのつかない大きな差を、つけられてしまった。
それに加えて、イスラム教が世界でもっとも優れていて、全世界をイスラムのもとに置くべきだという、イスラム版の中華思想があって、同じ傲りがある。だから、傷がいっそう深いものとなる。
中東のイスラム圏では、キリスト教圏のヨーロッパと、ヨーロッパから生まれたアメリカに対して、抜きがたい優越感と、癒しがたい劣等感が、一緒にうずいている。
ところが、イスラム圏の人々は、キリスト教世界が、どうして長足の発展を遂げることができたのか、考えようとしない。西洋のよいところや、長所をみることを拒んで、彼らが狡猾だから、我々を追い抜いたといった説明しかない。
アメリカはいつまで超大国でいられるか 第7章中国、インド、ロシアは、アメリカを超えられるか
バックナンバー
新着ニュース
特別企画PR