社会
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今、一番のベストセラー書は80年前の1937(昭和12)年に書かれた格調高い児童書を漫画化したものだ。吉野源三郎(1899~1981)著『君たちはどう生きるか』をマガジンハウスが新装版と漫画版(漫画・羽賀翔一)の2本立てで8月に刊行。先日には漫画版の帯に「80万部」と大書されていたから、現在は100万部に迫っているかもしれない。この本は最初は新潮社から出たが、後に岩波文庫に収録されており、こちらのほうも余波で売れ行き好調だという。
吉野は東京大学の哲学科を卒業後、治安維持法がらみの事件で逮捕され、釈放後、作家の山本有三の薦めで児童向けの『日本少国民文庫』(新潮社)の編集主任となった。執筆活動も開始して、この作品や『波濤を越えて』という勝海舟や福沢諭吉が幕末に小型軍艦でアメリカに行った話を書いた。その後、岩波書店に移り、戦後は総合雑誌『世界』を創刊し、日本の代表的知識人たちに執筆の場を提供した。
『君たちはどう生きるか』は中学2年の少年が主人公で、彼の思考の成長に合わせ、社会の仕組みを教え、その中での人間の生き方を模索させる。銀行の重役だった父を亡くした少年は経験したことや疑問に思ったことを叔父に語り、この人がノートにアドバイスを記してくれる。叔父は少年にコペル君というあだ名を付ける。すべての人が天動説を信じていた15~16世紀に地動説を唱えたポーランドの天文学者コペルニクスからとったものだ。コペル君自身も自己中心の考え方から脱して、自分を広い世界の一分子であることを意識し始め、叔父から高く評価される。
この作品は少年少女向けの傑作とされてきた。私も中学時代にNHKラジオ第2の学校放送の朗読で聞き、優しい語り口ながら人生の示唆に富んだ内容に聞き惚れた。1970年代末、出版社の児童図書編集部の一員として児童文学全集の編纂をした時も、『君たちは…』は収録作品になった。作者の写真が必要ということで、東京・駒込の吉野邸に伺った。古い造りの家で待っていると、仕事を抜け出してきたのか、写真を私に渡すと、急いで出て行った。当時も岩波書店の顧問をしていたはずだ。元気そうだったが、数年後に亡くなった。知人の岩波社員は彼のことを「吉野先生」と言っていたので、社内での人望が察せられた。
『君たちは…』が書かれた頃は軍国主義が強まり、厳しい検閲で大人向けには自由な出版物が刊行できなくなり、せめて子どもたちには本当のことを伝えたいと思ったのが執筆動機だったそうだ。この時代は別として、若い人向けに「どう生きるか」を正面から論じた本はたくさん出されたが、今はほとんどなくなった。時代を超えてこの本が受け入れられるのは、内容が古さを感じさせず、心優しい表現で人の生き方を考えさせてくれるからだろう。80年前と社会背景の類似性を危惧する意見もあるが、ギスギスした今の世でもこういう本が売れるのは前向きにとらえたい。
山田 洋
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