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外交評論家 加瀬英明 論集
私は30代はじめに、ドイツ政府の招待によって、西ドイツ(当時)を二週間にわたって、旅したことがあった。
私は防衛問題も研究していたから、西ドイツの新しい国防運であるブンデスヴェア(連邦軍)と旧国防軍が、どのように異なっているのかということに関心をもって、各地の部隊や、軍学校をまわった。
州ごとに、英語からドイツ語への通訳と、案内を兼ねた広報官をつけてくれた。バイエルン(ババリア)では、私と同世代の男性が担当者となって、数日をともに過ごした。
明朗な青年で、敬虔なカトリック信者だった。おそらく、私が先の大戦の同盟国から来たためだったと思うが、ユダヤ人に対する憎しみを隠さなかった。
ちょうど、復活祭の季節に当たった。ロマンティック街道の町で、イエスの『受難劇』が演じられたのを観た。私はユダヤの祭司が、頭に悪魔の角を付けて登場したのに、愕いた。
ライン河畔の心地良いレストランで、夕方、ワインで喉を潤しながら、ユダヤ人の事が話題となった。
彼は「ヨハネの福音書」のなかで、「イエスがユダヤ人たちに対して、『この神殿を壊してみなさい。私は三日でそれを建てよう』というと、ユダヤ人たちが『自分達はこの神殿を建てるのに、46年かかった』といって笑ったが、イエスは『自分の体が神殿である』といわれた」と、語った。
そしてまた「その後、イエスの予言通りに、ローマ人がエルサレムを滅ぼし、神殿を破壊しました。ローマ人は主の御意志にそって、神殿を徹底的に壊したのです。イエスはそうしることによって、ユダヤ教の神殿を否定しました」と、いった。
私は、「イエスは、ユダヤ人ではなかったのか」と、たずねた。「いや、神の子です」と、彼はまったく動じることなく、答えた。
私はそれ以上宗教を話題にすることをやめた。
私はイエスが新約聖書のなかで、ユダヤ人を「サンタの子」と断じていることや、「主殺し」の大罪を負わせていることを、知っていた。そうなると、聖母マリアはユダヤ人だったから、マリアは「子殺し」の罪を犯したのですね、といいたかったが、黙って話題を変えた。もてなされている客が、いうべきことではなかった。
アメリカやヨーロッパで販売されている聖画では、イエスは青い瞳をしている。ユダヤ人であったなら瞳は黒か、褐色だったはずだ。女たちも、ヨーロッパの衣裳をまとっている。
イエスは神殿に入り、なかで売り買いしている人々を追い出し、両替人の台や、生け贄の鳩を売る者の椅子を、倒している。
私はこの神話を、およそその1500年後に、マルチン・ルター(1483年~1546年)が、ローマ法王の権威を否定する提題を、ドイツのウィッテンブルグ城教会の扉に打ち付けたのと、二重映しにした。
ルターは、ドイツの宗教学者、宗教改革家で、カトリック(キリスト旧教)に対して、プロテスタント(キリスト神教)をもたらした。
ユダヤ人は神殿を失った後に「聖書」をもって、神殿に代えた。「トラ」は旧約聖書の五書であり、ユダヤにとって絶対的な聖書である。キリスト教は神殿を否定して、イエスの体によってこれに代えた。
もっとも、キリスト教は新約聖書にもとづいて、生まれたのではなかった。キリスト教が、新約聖書をつくった。
イエスは、一休和尚と同じように、限りなく優しい人だった。
ルターも、過激な反ユダヤ主義者だった。
私はユダヤ人だったイエスが、ユダヤ人を憎んでいたということを、信じない。
ジョン・レノンはなぜ神道に惹かれたか 五章 エルサレムで考えたこと
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