トップページ ≫ 社会 ≫ がんと闘う女優がくれた美しい記憶
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住んでいる市から案内が来る健康診査をもう何年も受診していない。面倒なのと、受診時のそれなりの苦痛が嫌だからだ。そんな私も、テレビの医療バラエティー番組に出演した際に胸部の画像検査を受け、肺腺がんが見つかった女優の話を知り、近々検査を受けようという気になった。
その女優は数々のテレビドラマで脇役として活躍してきた東てる美さん(62歳)で、私にも忘れられない記憶がある人だ。1974年、彼女が高校を卒業した直後、当方の依頼で写真スタジオに来てくれた。男性週刊誌のグラビア用ヌード撮影のためだった。ロマンポルノが売り物になっていた日活に入り、初演作も決まったそうで、付き添いの人が「今日、初めてカメラの前で裸になります」と言っていた。
可愛い顔にあどけなさも残る彼女だったが、落ち着いていて、服を脱ぐのに特にためらう様子はなかった。ちゃんと前張りもつけていた。豊満で初々しいヌードはロマンポルノのニュースター誕生を予感させた。でも、初ヌードの彼女を気遣ってジロジロ見ないようにした。すると若いカメラマンが「右と左で胸の大きさが違うね」と無遠慮に言った。ファインダー越しに凝視していたのだろう。彼女は「自分では気が付きませんでした」と静かに答えた。
デビューするや彼女は人気を獲得、2年後にはロマンポルノのトップ女優になり、4年後、監督デビューも果たした。その頃からテレビドラマにも進出したが、そこでは裸にはならなかった。1980年代にはNHKの大河ドラマにも4本出演、1990年からは橋田壽賀子ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」(TBS)で小姑役を演じ、脇役としての地歩を固めた。だから彼女は日活ロマンポルノ出身で一般作品でも成功した女優として引き合いに出されることが多い。ポルノ引退後、結婚して娘をもうけるが、後に離婚した。
この人がユニークなのは女優業とともに事業家でもあることだ。東京の世田谷区で漫画の古本屋を開業して成功、一時期40店舗までチェーン展開した。ブックオフの先駆とも言えよう。その他にもいくつもの事業を手掛けてきた。
ロマンポルノでの成功までは確信した私も、その後の活躍はまったくの想定外だった。そんなパワフルな東てる美さんを襲った病魔。7月に5時間の手術で左肺の3分の1を切除し、今も抗がん剤治療を続ける彼女のがん克服を心から祈りたい。
山田洋
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