文芸広場
俳句・詩・小説・エッセイ等あなたの想いや作品をお寄せください。
昨日泳いで渡ってきた川は
今日は濁流となっていた
アヒルは川岸をウロウロしながら
向こう岸の家族を想い泣いていた
こういう時は普通誰もいないのだが
おもいがけなく誰かが登場する場合もある
親切な人か、人の不幸を喜びとする人のどちらかです
稲葉の白兎は親切な大国主の尊に出会いました
カチカチ山の狸は火傷の背中に唐辛子を塗ってくれる兎に出会いました
木の上からアヒルの狼狽えぶりを見ていたカラスが嗤いながら声をかけた
「いい事を教えてあげよう
川の水を飲んでしまったら」
悲しみに正気を失っていたアヒルは
「ご親切にどうも」と
カラスにうなずき川の水を飲み始めた
暫くのあいだ川の水は変わることはなかった
それでも飲み続けるアヒルを見て
「がんばれ」カラスは笑った
やがてカラスは眼を疑った
アヒルが巨大化し始めたのである
川の濁流はアヒルの口に向かって滝壺のように流れ始めた
アヒルの中のブラックホールは星さえ飲みこんでしまうのだった
アヒルがいる場所から川下の底が見え始めた
濁流が運んできた流木が川底から現れ
浅瀬になった水で魚が跳ねていた
やがて上流からの流れが急に途絶えた
アヒルは砂が見えている浅い川をヨチヨチ渡っていった
向こう岸に辿り着いたアヒルはペコリと頭を下げた
「カラスさん。有難う。川の水をお返しします」
いつの間にかカラスはいなくなり
枯れ木に黒い柿のへたがついていた
アヒルが川辺に座ると口から水が流れ出し見る間に川は元の濁流になった
山上村人
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