トップページ ≫ 社会 ≫ ロングセラー絵本編集の名人が明かす制作秘話
社会
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少し前の新聞の読書欄に古い知人の著書が紹介されたいた。その人とは40年以上前のインドツアーで一緒になった。絵本や紙芝居を出版する童心社の酒井京子さん自身が著者だ。彼女は大宮育ちで出身高校は浦和一女だという気安さもあり、私がツアーに誘った浦和在住で工学博士の友人ともども2週間の旅行中に話す機会は多かった。
私が別の出版社にいて、男性向けの週刊誌の編集部から児童書の部署に異動して戸惑っている時期だったので、2つ年下ながら児童書の編集では大先輩の酒井さんから同情されたり、励まされたりした。組合活動もしていて、自分の考えをはっきり言う人だとの印象があり、社内でいろいろ軋轢があるかもしれないと思った。10年以上前に彼女が童心社の社長を経て会長になっていると伝え聞いた時には驚くとともに、仕事で大きな実績を残したのだろうと推察した。だから著書『本の力 私の絵本制作秘話』(童心社刊)は是非読みたかった。
出版の動機として、会社の販売部員から「童心社の絵本がどのように作られてきたのか、私たちにも分かるように、まとめて残しておいて欲しい」との要望があったからとしている。酒井さんは200冊近くの絵本と約100冊の紙芝居を担当し、大ヒット作品を生み出してきた。それを自慢話にせず、失敗談を含めて水面下の努力をリアルに記述している。
入社3年目で仕事のことで悩み、尊敬する児童文学者、古田足日氏のところに相談に行った。「これからどういう本を創っていったらいいのか分からない」と話したら、古田氏は「子どもたち(集団)を生き生きと描いた作品が少ない。これからは女の人も働く時代になるだろうから、保育園を舞台にした作品があるといい」と具体的にアドバイスして、絵本創りについても「作家と画家が組む場合、もっと文と絵の緊密な関係が欲しいから、これからは編集者と三位一体で創り上げていく必要がある」と話してくれた。それができる作家の名前まで挙げたものの、ご本人は「そんな難しいことはできない」とのこと。
釈然としないので同行してくれた編集長と近くの喫茶店でいろいろ話し合い、この企画は「古田さんしかいない」という結論になり、古田邸に引き返して懇願すると古田氏の承諾を得られた。絵は田畑精一氏でということもその場で決まった。
しかし、絵本創りがスタートしても古田氏の原稿はなかなかできてこない。企画に賛同した社長が取材費を奮発してくれ、その金であちこちの保育園を訪ね、子どもたちの様子を見たり、園長や保母たちからエピソードを聞き出した。その後もすんなりとは行かなかったが、なんとか原稿が仕上がると、絵の田畑氏はいろいろな構想をめぐらし、それが逆にどれにするか迷うことになった。
3年がかりで仕上がったこの『おしいれのぼうけん』は47年たった今も安定した売れ行きで、2021年3月の時点で240万部に達した。私が酒井さんと出会ったのは発売1年後のはずで、仕事に力がはいっていた頃だ。
やはりベストセラーになったヒメネズミの家族を描いた、いわむらかずお作『14ひきシリーズ』は編集会議を通らなかった企画だった。それを何とか復活させたものの、表紙の案が販売部の反対にあった。再度難関をくぐり抜けて刊行にこぎつけた。このシリーズの刊行途中の1998年に社長に就任し、直接の担当から離れたが、海外でも出版され、22言語に翻訳されている。
ほかにも手掛けた絵本制作の興味深い秘話が紹介され、絵本への愛がストレートに伝わってくる。お子さんに絵本を読ませたい親御さんたちには絶好の本だ。
山田洋
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