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1962年に芥川賞を受賞した宇能鴻一郎氏(1934~2024)はその後、官能小説のほうにシフトし、1972年ごろには女性の独白調の文体で書き始め、一世を風靡した。週刊誌や夕刊紙での「あたし、~なんです……」といった調子の文字数が少なく改行が多い文章しか知らない人がほとんどだろうが、その前の1960年代後半から1970年ごろの作品が、近年再評価されている。
新潮文庫『姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集』(2021年刊)ではそのような短編を収録していて、後の女性独白体の作品とは異次元の世界に読者を引き込む。表題作『姫君を喰う話』はモツ焼き屋でタン、シロ、ドテなどを食べるごとに、以前付き合った女性の体の部分を連想する主人公と、隣に座った虚無僧とのやりとりがいつの間にか平安後期の秘画絵巻にまで及ぶ。愛情と執着が食人につながる話だ。
宇能氏は谷崎潤一郎を「雲のかなたにそびえる高峰」と讃えていたが、谷崎の『瘋癲(ふうてん)老人日記』をアレンジしたようなシーンが登場するのが、この短編集に入っている『花魁(おいらん)小桜の足』だ。江戸末期の長崎出島の17歳の花魁小桜はオランダ人の商館長に囲われている。孤児だった小桜は父のように慕っていた彼の任期が終わり、オランダに帰ることを嘆き悲しむ。そんな彼女に「キリシタンになって殉教すれば天国で会える」と焚きつける者がいて心が揺れる。
正月に遊女たちが踏み絵をするのだが、その前にオランダ商館の遊興の会でオランダ商人の相手をする。「顔も体も服も踏みつけてくれ」と頼まれる。そして「このような美しい脚を頭上にいただくのは、すべての男の悦びなのだよ」と言われる。この辺は当欄の2018年7月27日付『幸助と督助 好色喜寿の哀歓』の中で紹介した谷崎の描写に共通する。
踏み絵では小桜はすらりとした脚を出し、キリスト像の上に乗せた。チラと見たキリストの顔は先日のオランダ商人に似て、踏まれてもウットリした微笑を浮かべたように見えた。
純文学から官能小説に方向転換して流行作家になったことでは5年ほど先行していた川上宗薫氏(1924~1985)も谷崎を敬愛していたようだ。成城の川上邸で私たち編集者と酒を飲んでいた時に、誰かが「最後に書きたいテーマは?」と聞いたら、間をおかず「瘋癲老人日記だね」と答えていた。しかし、それから何年もたたずにリンパ腺のガンで亡くなり、遺作は『死にたくない!』(サンケイ出版 1986年刊)だった。この本は川上氏と30歳下の同居女性(闘病中に入籍)のガン闘病記で、明るく淡々と描きながらも病状は進んでいく。最後は神霊治療にまで心を動かす。牧師の息子だが、長崎への原爆投下で、母と妹2人を失った川上氏には無神論、唯物論の印象があっただけに驚きは大きかった。
山田洋
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