社会
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先日、松屋銀座店で開催されていた『生誕90年 池波正太郎展』をのぞいたら、土曜の午後ということもあって、入場は有料にもかかわらず、たいへんな混雑だった。若い人も意外なくらい多く、変わらぬ池波人気を実感した。
浅草にある「池波正太郎記念文庫」の主要展示物と、池波作品がテレビドラマ化された時の衣装、小道具等が会場をにぎわしていた。ここで思い浮かべたのは、やはりテレビ化、映画化されて大ブームを巻き起こした笹沢左保の股旅小説『木枯し紋次郎』との違いだ。
今年初めに刊行された『ザ・流行作家』(校條剛・著 講談社刊)は『小説新潮』編集長だった著者が、笹沢左保と川上宗薫という2人の流行作家について、作品から人間性(特に女性関係)まで遠慮なく書いたものだ。笹沢とは新潮社入社時から数えて20年も担当編集者として付き合いがあったそうで、著者自身が見聞したエピソードも多い。川上については担当したのが亡くなるまでの5年間で、周辺の人の証言が多用されている。私も川上邸での忘年会で著者とは何回か会っているが、酩酊姿が印象的だった。
『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』の3部作をはじめ池波作品が没後23年の今も広く読まれているのに、笹沢は名前すらも忘れられかけていて、代表作『木枯し紋次郎』でも当初から単行本の売れ行きはいまひとつだったという。シリーズ第1作が初版6000部、7刷まで行って計6万6000部、実売部数は4万部と推定されている。『鬼平犯科帳』(全24巻)は活字が小さかった旧版だけでも合計2000万部、『剣客商売』(全19巻)は計1500万部を超えている(旧版だけで)。テレビ時代劇としてはともに大ヒットしたのに、なぜこんな差がついたのか?
この本の著者は、たとえば『剣客商売』の面白さは話の筋にあるには違いないが、仕掛けを工夫するより、人生や人物の味わいを出そうとしているのに対し、『紋次郎』では人物像は二の次でドンデン返しに目的があり、筋書き至上主義になっているという。さらに『剣客』は人生をポジティブにとらえた世界観でできているが、『紋次郎』はネガティブな心情を読者に訴えようとしているとも指摘する。
若い女房と剣技に秀でた息子を持ち、将棋と酒と旨い食べ物に目がなく、悪人をこらしめることに喜びを見出している秋山小兵衛。家族や友人もなく、喉に流し込むだけの粗末な食事をし、寝るのも野宿、目的もなく歩き続けるだけの紋次郎。負の主人公はインテリ好みだが、大衆の人気を長く保つのは難しいとの意見だ。
作家は単行本が売れないと印税が入らない。ならば、雑誌やスポーツ紙、夕刊紙の連載を多数抱え、原稿料を稼ぎまくるしかない。笹沢や川上がそれを実践し、作家の長者番付の上位にランクイン。川上は中年女性の速記者を使っての口述筆記という手法で、傍目には楽々と量産した。彼の作品の多くが官能小説ということもあり、単行本の部数は『紋次郎』よりもさらに少なかったようだ。
笹沢の執筆スタイルは悲壮感すら漂う。一時期、講演会を多数こなしたり、テレビの司会者もやったので、新幹線や飛行機の中、ある時はテレビ局内で腹ばいになって原稿用紙に向かった。こうして月に400字詰め原稿用紙で1000枚以上書いた。
この2人と違い、今も多額の印税収入に恵まれる池波家だが、豊子夫人が昨年暮れに亡くなったことを今回の展示会で知った。池波夫妻には子供がいなかったから、印税はどこに行くのかという余計な心配とともに、この世の皮肉を感じながら会場を出た。
(山田 洋)
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